大阪探訪記(by 桜華綴舎)

~隠れた名所と不思議なものを求めて~

昭和レトロな町を再現した地下食堂街『滝見小路』へ。梅田スカイビル【大阪府大阪市北区】

2026-01-10 10:50:21
目次

滝見小路

ここは大阪府大阪市北区。外国人観光客に大人気な『梅田スカイビル』です。

この梅田スカイビルの地下1階には『滝見小路(たきみこうじ)』という昭和レトロな町並みを再現した地下食堂街があるので、ちょこっと寄ってきました。

(撮影・執筆 2019年3月)

滝見小路食堂街へ入る

梅田スカイビルの下の広場にその入口となる階段を発見した。この階段から滝見小路の食堂街へ行ける。(もちろん別の場所からも行ける)

地下食堂街 滝見小路(タキミコージ)

滝見小路の入口。さっきまですごく明るかったのに、ここだけ薄暗い光景が広がっている。昭和レトロっぽさを出すための工夫やね。

とりあえず入ってみることに。ちなみに入場料とかは無い・・・完全に無料なので入り放題だから安心してください。やや観光向けではあるけど、かなり気軽に利用できるぞ。

地下食堂街なので、和食を中心に様々な飲食店が立ち並ぶ。座敷が設置されていたりと、日本の風情を全面的に出しているから外国人観光客にも人気があるのでしょう。

メニューもさほど高くないお店が多かったよ。1000円~2000円くらいの定食を出しているお店が多かった。まあ安くはないが、普通な値段ってとこかな。スーツを着たサラリーマンぽい方々も意外と食いに来ていました。

銭湯風なトイレ

ちょいとトイレを借りることにした。しかしこのトイレがなかなか面白いのです。

男子便所の入口には「男」と書かれた暖簾(のれん)。実はこのトイレ・・・昭和の銭湯風になっているのよ。

そして木のカギのロッカー・・・さいきんは少ないけど、昔の銭湯にあるロッカーですね。

壁には昭和のポスター。青春とはなんだ。

こっちにも昭和ポスター。左の柱には銭湯風の盗難ご注意のプレート・・・「現金貴重品は番台へ」って書いてる。

さすがに便所の中までは撮影しとらんけど、男子便所の中の風景まで銭湯風でした。定番の富士山の壁絵があったのは覚えている。

かなり珍しいトイレでした。

ダイハツ『ミゼットMP5型』が展示されている

滝見小路の廊下を歩いていると三輪の自動車が展示されていた。これはダイハツのミゼット・・・現在でもたまにこういうの走ってるよね。この時代の軽自動車は360ccだったっけ?・・・車のことはよくわからん。

昭和32年高度成長期の頃は、酒屋や米屋はこのミゼットでの運搬が主流だったって書いてる。発売当時の価格は18万5000円だって・・・・・・やっす!

滝見交番

滝見交番なるものがあった。公衆電話ボックス2個分くらいの広さの小屋だ。

気になったので滝見交番に入ってみた。中には様々なチラシやパンフレットが置かれていたぞ。ダイコクドラッグのパンフレットが目に入った瞬間、いっきに昭和から現実に引き戻された。

昭和のお部屋

おいしそうな香りが漂う地下食堂街を歩いていると、昭和っぽい部屋を発見した。

すげー片付いていて美しいね。ちゃぶ台に座布団とか現代の一般家庭ではあまりないスタイルじゃないだろうか。だいたい家庭では炬燵付きの四角い机を使っているのでは。

昭和なのに窓の景色はビル群夜景というギャップ。ああ、また現実に戻される。

それにしてもすっげー幸せそうな顔して寝てるね、猫ちゃん。もちろん人形ですけど。

昭和という時代をまったく知らない僕にとって、なかなか不思議な雰囲気を味わえた滝見小路地下食堂街でした。

梅田スカイビル地下食堂街『滝見小路』の場所

グーグルマップ

https://maps.app.goo.gl/X3Yj7mHPEKYZYE4ZA

この記事を書いた人

しま(桜華綴舎 代表取締役)

大阪府堺市在住。ブログ歴10年以上。大阪探訪ライター&プロブロガー。 2014年から関西の珍スポットなどを紹介する「シマのブログ」(旧ブログ)を書き始め、2025年から新ブログ「大阪探訪記」として再始動しました。 当ブログでは大阪をメインに、関西の面白くて不思議な場所を紹介したり、街の歴史や文化を深掘りしていきたいと思っております。どうぞ楽しんでいってくださいね! また、私は、日本各地に残る史跡・戦跡・文化財などの調査記録を、ブログにまとめると同時に、Symbol(XYM)ブロックチェーン上にフルオンチェーンで保存する取り組みを2025年7月より開始しました。 ブロックチェーンの耐改ざん性と長期保存性を活かし、学術的資料を未来にそのまま残すことを目的としています。 このように学術的資料をフルオンチェーンで保存するのは、おそらく世界初の試みであり、静かな快挙でもあります。 研究者や歴史愛好家にとってはもちろん、未来の世代にとっても価値ある「デジタル遺産」となることを願っています。