大阪探訪記(by 桜華綴舎)

~隠れた名所と不思議なものを求めて~

西淡路高射砲陣地跡(国次高射砲陣地)空襲から護る砲台跡を訪れる【大阪府大阪市東淀川区】

2026-01-21 21:36:26
目次

西淡路高射砲陣地跡(国次高射砲陣地)

※当記事は旧ブログから移管した数年前の古い記事です。現在の情報とは違う部分もあるということを承知のうえお読みください。

高射砲とは戦闘機や航空機に対抗するための兵器です。 

というわけで、大阪府大阪市東淀川西淡路のところ現存している西淡路高射砲台に訪れてみました。

1944年ごろのもので、西淡路高射砲陣地やら国次高射砲陣地とも呼ばれていたもので、半円状の砲台跡がいまだに1基だけ残されています。第2次世界大戦で大阪が空襲の標的になったときに、戦闘機を迎撃し護るために造られたのだろう。

砲台跡はいまでは民家と合体していて、異様な雰囲気を醸し出している。

(撮影・執筆 2017年10月)

 

 

 

西淡路高射砲台跡、もともと6基あった・・・

今ではこの1基だけした残されていないが、もともとはこの辺り一帯に6基ほどあったらしく、そのうち4基は取り壊され、1基は改築され工場の一部に・・・そして最後の1基は今回訪れた民家と合体しているものです。

写真の民家の屋根の部分がコンクリート造りになっているが、それが元砲台という名残である。

 

 

 

 

 

砲台は上空から見ると半円状になっており、砲台への階段もいまでもあります。もちろんこの高射砲の跡は管理されていて、おそらく最後の1基はわざと残しているのだろうね。戦争遺構だからね。

戦闘機(航空機)からの攻撃を阻止するべく、この高射砲も稼働したことだろう・・・。

 

 

 

古くて細い路地が・・・

砲台跡のすぐ横にはこのような細い路地がありました。もともと指揮所やら弾薬庫もあったらしいので、路地の上を通るコンクリートの屋根はそういったものの名残りなのだろう。

いちおう路地は通り抜けられるようにはなっていた。

 

 

 

 西淡路高射砲陣地跡の周辺のようす

砲台跡のお隣は空き地になっていた。周りは基本的に普通の住宅街で、東側には大きなマンションも建っていました。東側のマンションも、1992年までは砲台跡だったらしく、それを取り壊していまのマンションが建ったんだ。

 西側にあった砲台は2012年に撤去されたんだ。

 

 

 

近くには小さな公園も・・・・・・。

雑草が生えまくっていて、とても小さな子供が遊べるような状態ではない。なんだか少し寂しい感じがする公園でした。ミラーボール型のジャングルジムってところが昭和チックですな。

 

 

 

公園のよこにはさらに空き地があった。

不法投棄ブルーシートと段ボールで作った家とかあった。ホームレスの住処になっているのだろうか?

 

 

 

 

 

スズキのワゴンRの後部ドアが不法投棄されてました。粗大ゴミの範疇を越えている・・・。どうやらこの周辺は清潔感が欠けているな。

 

戦争を経験した人にしてみれば、いまだに高射砲陣地が残されているということに怒りや悲しみを感じるかもしれないが、後世に戦争という黒歴史の悲惨さを伝えるためには必要なものなのだろうね。

 

 

『西淡路高射砲陣地跡(国次高射砲陣地)』の場所

※辺りは普通の住宅街なので迷惑のないように訪問をお願いします。

グーグルマップ

https://goo.gl/maps/eZ69m2Zi4Eo

この記事を書いた人

シマ(桜華綴舎 代表取締役)

大阪府堺市在住。ブログ歴10年以上で、大阪探訪記録人兼プロブロガー。桜華綴舎(おうかつづりしゃ)の代表取締役です。 2014年から関西の珍スポットなどを紹介する「シマのブログ」(旧ブログ)を書き始め、2025年から新ブログ「大阪探訪記(by 桜華綴舎)」として再始動しました。 当ブログでは大阪をメインに、関西の面白くて不思議な場所を紹介したり、街の歴史や文化を深掘りしていきたいと思っております。どうぞ楽しんでいってくださいね! また私は、日本各地に残る史跡・戦跡・文化財などの調査記録をブログにまとめると同時に、Symbol(XYM)ブロックチェーン上にフルオンチェーンで保存する取り組みを2025年7月より開始しました。 ブロックチェーンの耐改ざん性と長期保存性を活かし、学術的資料を未来にそのまま残すことを目的としています。 このように学術的資料をフルオンチェーンで保存するのは、おそらく世界初の試みであり、静かな快挙でもあります。 研究者や歴史愛好家にとってはもちろん、未来の世代にとっても価値ある「デジタル遺産」となることを願っています。